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福井地方裁判所 昭和45年(ワ)118号 判決

原告

秋元秀一郎

被告

佐藤一二

ほか一名

主文

一  被告佐藤壮一は、原告に対し金三八〇万円及び内金三五〇万円に対する昭和四二年四月一三日から、内金三〇万円に対する昭和四八年一二月二五日から、いずれもその支払のすむまで年五分の割合による金員を支払うべし。

二  被告佐藤壮一に対するその余の請求及び被告佐藤一二に対する請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告佐藤壮一との間に生じた分は同被告の、原告と被告佐藤一二との間に生じた分は原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

原告は「被告らは原告に対し各自三八〇万円およびこれに対する昭和四二年四月一三日からその支払のすむまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、

被告らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の主張

一  交通事故の発生

日時 昭和四二年四月一二日午前一一時四五分ころ

場所 福井県坂井郡芦原町中の浜県道上

被害者 原告

加害車 福井四な九二五一号小型貨物自動車

運転者 訴外亡内田俊雄

運行供用者 被告両名

事故の態様 訴外内田が原告及び訴外竹内哲夫を同乗させ加害車を運転して前記事故現場を進行中、運転を誤りガードレールに激突し、原告及び訴外竹内が受傷、訴外内田即死。

二  被告両名は加害車の運行供用者であるから、自賠法三条により、原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

三  原告の蒙つた損害

(一)  傷害の程度 右大腿骨仮関節砕骨折及び右腰右膝挫傷

(二)  入通院 昭和四二年四月一二日から同年一二月二〇日まで二五三日三国病院に入院、同年一二月二六日から昭和四三年三月三一日まで九八日間春江病院に入院、同年四月一日から同年六月一〇日まで七一日間同病院に通院、同年六月一一日から一〇月九日まで一二一日間福井赤十字病院に入院、同年一〇月一〇日から昭和四四年四月一日まで一七四日間春江病院に通院、昭和四五年二月一九日から同年三月一二日まで二二日間古瀬病院に入院、同年三月一三日から四月一一日現在(本訴提起時)まで同病院に通院中。

(三)  後遺症

原告の後遺症は、左下肢短縮、股関節運動障害のための跛行、易被労性、大腿部筋萎縮などであり自賠等級七級、労働能力喪失率は五六%である。

(四)  休業補償

原告の受傷による休業期間は、昭和四二年四月一二日から昭和四五年四月末日までの約三年間であり、原告は事故当時被告壮一の経営する佐藤建鉄に熔接工として勤務し、日給二、〇〇〇円の収入を得ていたから、事故による右休業のため二一九万円を下らない賃金収入を喪つた。

これから、被告一二から支払われた休業補償金七五、〇〇〇円、労災休業補償費三七〇、三九四円を控除すると残額は一、七四四、六〇六円となる。

(五)  後遺症による逸失利益

昭和四五年四月末の原告の年令は四二才であり、今後二一年間労働可能として計算すると、

2000円×356×56/100×14.104=5,764,000円

となるから、自賠責の後遺障害補償金五〇万円を控除すると五二〇万円となる。

(六)  慰藉料

原告の受傷部位、治療期間とその態様(入院四〇〇日余、要付添期間約一五〇日)を勘按すると二〇〇万円が相当である。

四  よつて、原告は、被告ら各自に対し、休業補償及び後遺症による逸失利益の残額の内金として二五〇万円、慰藉料内金として一〇〇万円、弁護士費用として三〇万円合計三八〇万円及びこれに対する不法行為日の翌日である昭和四二年四月一三日からその支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

五  被告壮一の主張に対し、労災休業補償及び失業保険給付のなされたことは認めるが、失業保険給付を以つて損益相殺することは許されない。

被告一二の主張に対しては、次のとおり争う。

本件加害車の下取車は、被告一二所有であつたこと、右下取車は、佐藤建鉄の事業のために使用されていたこと、佐藤建鉄の工場、敷地、電話はすべて以前は被告一二が使用していたものであること、被告一二は、佐藤建鉄の工場に常時出入し、従業員に指示を与えていたことなどからすると、佐藤建鉄は、被告ら父子の共同経営にかかるものか、そうでないとしても、被告一二は、被告壮一の営業の補助をしていたものであり、運行供用者責任を免れないというべきである。

第三被告らの主張

一  被告壮一の主張

(一)  原告主張事実中第一、二項は被告一二が運行供用者であり賠償責任があるとの点及び被告壮一に賠償責任があるとの点は否認し、その余はすべて認める。

同第三項(一)ないし(四)は、原告が受傷した事実は認めるが、その程度、治療状況は知らない。但し原告主張の日時ごろ三国病院に二五三日入院し、春江病院に九四日入院し、赤十字病院に一二一日入院し、古瀬病院に二二日入院していたことは認める。

同(四)は、被告壮一の経営する佐藤建鉄に原告が熔接工として雇用されていたことは認めるが、その余は后記のとおり争う。

同(五)(六)は否認する。

(二)  原告は、私用のため訴外内田をして本件加害車を運転させたものであるから、運転者と同視すべきであり、自賠法三条の他人に該当しない。仮に該当するとしても、被告壮一の許諾なしに前記のとおり訴外内田をして運転させたのであるから無断運転にあたり、被告壮一の運行供用者費任は免責される。

(三)  本件事故は原告の重大な過失に起因するものである。すなわち、本件事故当日、被告壮一の従業員原告外二名は、坂井郡三国所在の工場の改築工事に赴き、工事に従事中、昼の休み時間に、原告は私用(福井市内の病院における胃カメラによる受診)のため、訴外内田に運転を依頼し、加害車に同乗し、本件事故を惹起したのである。

訴外内田のスピード違反が本件事故の直接の原因ではあるが、これは結局原告が私用のため訴外内田に運転を依頼したことに起因するものであつて、本件事故発生につき原告に重大な過失ありというべきである。

(四)  損害額については、次のとおり争う。

1 休業補償について

本件事故当時の原告の平均賃金日額は九三五円であり、休業期間は、三国病院入院二五三日、春江病院入院九四日赤十字病院入院一二一日、古瀬病院入院二二日の計四九〇日であり、しかも右入院日数には過剰入院も含まれているのである。

なお、後遺症逸失利益の主張は時機に遅れたものとして却下されるべきである。

2 慰藉料請求も過大である。

(五)  損益相殺

休業補償については、自賠責保険金七七、七〇〇円、労災休業補償給付金二一二、六一九円、失業保険金三七、九九〇円以上合計三二八、三〇九円が支払われているし、慰藉料として自賠責保険から六一〇、〇〇〇円支払われている。

二  被告一二の主張

(一)  原告主張事実中第一項は、同被告が運行供用者であることは否認する。その余は認める。

同第二項は否認する。

同第三項は、原告が受傷したこと及び当時原告が被告壮一の経営する佐藤建鉄に雇用されていたことは認めるが、その程度及び治療状況は知らない。その余は否認する。

(二)  被告一二が、運行供用者責任を負ういわれはない。

1 被告一二は、昭和三三年ごろからゴム製紐業を、これとは別に昭和三二年ごろからブロツク工事業を始めたが、昭和三八年ごろ手指の神経痛のため廃業した。

被告壮一は長男で、高校卒業後父の被告一二の右各事業を手伝つていたが、昭和三六年一一月ごろ父とは独立して当初はサツシユ建具業、ついで鉄骨建築業を佐藤建鉄の商号で営むようになつた。

この佐藤建鉄は、建設業の登録、納税、労災保険加入、手形振出、割引貸付契約、工場の土地・建物の登記等すべて被告壮一名義であり、名実共に被告壮一の経営にかかるもので、被告一二は全く関与していない。但し父として錆止のペンキを塗る程度の手伝はしたことがあり、また、佐藤建鉄の電話は、被告一二の自宅の電話と共用しているがこの程度のことは父子として普通ありうることである。

2 本件加害車の登録、自賠責保険契約の名義が被告一二となつているのは次の理由によりものである。

右加害車を被告壮一が購入するについて、自己の印章を販売会社のセールスマンに渡し、契約書の作成手続を委かせたところ、同人は、誤つて被告一二名義としてその名下に右印章を押捺したのである。

その購入代金はすべて被告壮一振出の手形で支払われており、右のようなセールスマンの手続上の誤りにより被告一二名義になつてしまつたのである。

いずれにしても、被告一二は、自分の名義で本件加害車が購入されていることは全く知らなかつたのである。

3 以上の理由により被告一二は保有者責任を負ういわれは全く存しない。

第四証拠〔略〕

理由

一  原告主張第一項の事実は、被告一二が運行供用者であるか否かを除いてその余の事実はすべて当事者間に争がない。

二  よつて、先づ被告一二が運行供用者であるか否かについて判断する。

〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。

本件加害車は、昭和三九年八月三一日に被告壮一が自営する佐藤建鉄の営業車として福井日産自動車販売株式会社から被告一二所有のマツダ一九六〇年型(従前から佐藤建鉄において使用していたもの)を下取車として代金五〇万円で購入したものであるが下取車が前記のとおり被告一二所有名義であつた関係上被告一二名義で注文書が作成され、車の登録名義、自賠責保険契約者名義もすべて被告一二名義でなされた。

本件加害車は、常時佐藤建鉄の営業用に使用され、代金も被告壮一振出の手形により支払われた。

被告一二は、昭和二三年ごろゴム製紐業を、ついで昭和三二年ごろブロツク建築業を始め、昭和三六年八月に佐藤組なる商号で建設業の登録をしたが、その後登録の更新手続をせず、昭和三八年ごろ廃業した。

被告壮一は、昭和三九年ごろから佐藤建鉄の商号で建築業を始めたが、その工場と敷地は父である被告一二から譲り受けたものであり、(但し登記名義は昭和二二年ないし二三年ごろから被告壮一名義となつている)従業員約一〇名を雇用し、昭和四二年三月に建設業登録手続をした。

被告一二は、たまに佐藤建鉄の仕事の手伝をして不用屑鉄を貰う程度であり、親子のこととて工場に隣接する被告一二所有家屋に共に住み、右家屋にある同被告所有の電話は、佐藤建鉄と共用していたものの、事業そのものには一切関与していなかつた。

昭和四三年春ごろ佐藤建鉄は倒産したが、佐藤建鉄の債権者が被告一二に対し債権の返済を要求するというようなことはなかつた。

本件加害車には、ボデーに佐藤建鉄と記載されていた。

以上の事実が認められ、右認定の趣旨に反する原告本人尋問の結果部分はたやすく信用できず、〔証拠略〕も右認定を左右するに足らず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠は存しない。

以上認定の事実によれば、被告一二は、本件加害車の登録名義人ではあるが、加害車について運行支配の実質関係を殆んど欠くから、運行供用者であると認めることは困難である。

これに反する原告の主張は採用できない。従つて原告の被告一二に対する本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、棄却されるべきである。

三  被告壮一は、「本件事故は、原告が私用のため訴外内田をして加害車を運転させたものであるから、原告は運転者と同一視すべきであり、自賠法三条の他人にあたらない。仮にあたるとしても被告壮一の許諾なしに訴外内田をして、私用のため運転させたのであるから、被告壮一の運行供用者責任は免責される」旨主張するので、右主張の当否について判断する。

原告が私用のため訴外内田をして本件加害車を運転させた旨の同被告の主張に副う証人清水義信の証言部分、被告一二、被告壮一各本人尋問の結果部分は、たやすく信用し難く、他に右主張を認めるに足りる的確な証拠は存しない。

却つて、〔証拠略〕によれば次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

被告壮一の被用者である工員訴外内田、同竹内と原告の三名は事故当日同被告の命により訴外内田が本件加害車を運転し、原告ら二名がこれに同乗し、坂井郡三国町所在古市機業場に仕事に赴き、右三名が右工事規場からの帰途に本件事故は、惹起された。運転は終始訴外内田がなし、原告において訴外内田が運転操作を誤るような原因を作出したようなことは一切なかつた。

してみると、原告は自賠法第三条の他人にあたることは明らかであり、また、原告が訴外内田をして私用のため無断運転させたとも言えないことは明らかであるから、被告壮一は、運行供用者責任を免れないというべきである。

四  よつて進んで、原告の蒙つた損害額について判断する。

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、右認定の趣旨に反する原告本人尋問の結果部分はたやすく信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

(1)  原告の受傷、入通院、後遺症

右大腿骨々折(粉砕骨折)、右腰膝挫傷により原告主張の期間(二五三日)三国病院に入院(髄内釘による固定手術施行)、昭和四二年一二月二九日から昭和四三年三月三十一日まで九四日間春江病院に入院、同病院の通院期間は昭和四二年一二月二一日から同月二八日まで、昭和四三年四月一日から同年六月一一日まで、同年一一月八日から昭和四四年四月三〇日まで、ついで昭和四三年六月一一日から一〇月九日まで一二一日間福井赤十字病院に入院(再手術骨移殖)、同年一〇月一〇日から同月三一日まで同病院に通院、昭和四五年二月一九日から三月一二日まで二二日間古瀬病院に入院

以上入院日数四九〇日(このことは被告壮一も自認している)通院期間一九五日(実通院日数六〇日以上)

後遺症は、右下肢短縮約三・一糎、右股関節の運動障害のため跛行著明、自賠別表八級七号と一〇級七号の加重症として七級相当、症状固定昭和四四年一二月三一日

(2)  休業日数賃金額

日給九三五円、休業日数昭和四二年四月一二日から昭和四四年三月三一日まで、及び昭和四五年二月一八日から三月三一日まで七六二日(昭和四三年二月は二九日)

(二)  以上認定の事実によれば、原告の休業損は

935円×762=712,470円

後遺症逸失利益は、就労可能年数二一年、ホフマン係数一四・一〇四、労働能力喪失率五六%として

935円×365×56/100×14.104=2,695,472円(円未満四捨五入)

慰藉料は、入通院のそれも含めて原告主張の二〇〇万円を下らないことは明らかである。

(三)  損益相殺

〔証拠略〕によれば、原告は、休業補償金として自賠責保険から七七、七〇〇円と労災保険から三七〇、三九四円合計四四八、〇九四円、自賠責の後遺症障害補償金として五〇万円を支給されたことが認められるから、これらを控除すると休業損は二六四、三七六円、後遺症損は慰藉料、逸失利益を合して四、一九五、四七二円となる。

失業保険は、それが交通事故被害者に支払われたときは、実質上被害者の休業損害が軽減される結果となることは否定できないけれども、失業保険は被保険者の生活の安定を計ることを目的とする社会保障制度の一種であり、被保険者の損害の填補を直接の目的としているものではないから、仮りに原告が失業保険金を受領しているとしても損益相殺をなすべきではない。

被告壮一は、原告が私用のため訴外内田に無断運転させた結果、右訴外人の運転上の過失により本件事故が生じたのであるから、原告は右訴外人の過失につき有責であるとの見地から本件事故には原告にも重大な過失があると主張するけれども、右主張の理由のないことは先に説示した本件事故発生に至るまでの経緯に照らし明らかである。

同被告は、原告は第一九回弁論期日において後遺症による逸失利益の主張を新たにしたが、右主張は時機に遅れたものとして却下されるべきである旨主張するけれども、原告は後遺症に関する証拠を第一回弁論期日までに提出しておることは、本件記録上明らかであり、その逸失利益はこれら証拠により容易に算出できるから別段訴訟を遅延させるものとは言えず、被告の主張は理由がない。

なお、〔証拠略〕によれば、原告の弁護士費用は三〇万円を相当と認める。但し、遅延損害金については判決言渡の日の翌日から認めるのが相当である。

五  以上の次第であるから、被告壮一に対する本訴請求中休業補償、後遺症逸失利益、慰藉料の内金三五〇万円、弁護士費用三〇万円合計三八〇万円、内金三五〇万円に対する不法行為の翌日である昭和四二年四月一三日から、内金三〇万円に対する昭和四八年一二月二五日からいずれもその支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余は棄却し、被告一二に対する請求はすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武)

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